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福岡地方裁判所 平成9年(ワ)4657号 判決

原告

柿野芳慧

外三名

右原告ら訴訟代理人弁護士

吉岡隆典

吉村敏幸

被告

三洋証券株式会社保全管理人

藤島昭

右訴訟代理人弁護士

桃尾重明

難波修一

内藤順也

渡邉光誠

岩渕正紀

竹野下喜彦

主文

一  被告は、原告柿野芳慧に対し、一七八〇万九九五一円及びこれに対する平成七年九月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告須永洋に対し、二〇〇〇万二九四八円及びこれに対する平成七年七月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告小関洋子に対し、三一四三万三二八八円及びこれに対する平成七年七月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告は、原告小関春正に対し、一五九四万三一二九円及びこれに対する平成二年五月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

六  訴訟費用は、これを五分し、その三を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、原告柿野芳慧(以下「原告柿野」という。)に対し、二七七七万〇八六五円及びこれに対する平成七年九月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告須永洋(以下「原告須永」という。)に対し、三一四一万三七九九円及びこれに対する平成七年七月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告小関洋子に対し、五二六〇万七三九二円及びこれに対する平成七年七月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告は、原告小関春正に対し、二七〇八万三九六五円及びこれに対する平成二年五月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告らが、証券会社の外務員の違法な投資勧誘により損害を受けたとして、右証券会社の保全管理人である被告に対し、不法行為(使用者責任)に基づき損害賠償を求めている事案である。

二  当事者間に争いのない事実等

1  三洋証券株式会社(以下「三洋証券」という。)は、有価証券等の売買並びに有価証券等の売買の媒介、取次及び代理等を目的とする株式会社であり、甲野太朗(以下「甲野」という。)は、平成七年当時、三洋証券に勤務する外務員であった。

2  甲野は、平成八年六月三日、福岡地方裁判所において破産宣告を受けた。甲野に関する破産手続における届出債権の総額は九億八七〇七万七五三四円であり、原告らの届出債権の額は、別紙請求債権目録の「預託金額」欄記載のとおりであった。このうち、右目録の「返還未了分」欄記載の金額は甲野の破産手続において異議なく確定した額である。

その後、原告らは、甲野及び甲野の元妻である甲田花子(以下「花子」という。)の破産手続において、右目録の「甲野配当」「甲田花子配当」欄記載の金額を配当として受領した(ただし、原告柿野は花子の破産手続では配当を受けていない。)。(弁論の全趣旨)

3  三洋証券は、東京地方裁判所に対し会社更生手続の申立てを行い、平成九年一一月三日、同裁判所の決定により被告が三洋証券の保全管理人に選任された。

三  原告の主張

1  (甲野に対する金員の預託)

(一) 原告柿野関係

原告柿野は、甲野から「損はしない。絶対利益が出る。儲かることしかしない。利益が出ることが分かっていることに掛けるんだから損はない。」などと利益保証、元本保証や断定的判断の提供を含む勧誘文言を用いた証券投資の勧誘を受け、平成六年五月六日から同七年七月三一日までの間に合計二八六二万円を預託し、うち二〇〇万円につき弁済を受けた。

(二) 原告須永関係

原告須永は、甲野から「お金を自分に預けてほしい。証券のようなものを買って運用し、月五パーセントの利益を出す。」などと利益保証を含む勧誘文言を用いた勧誘を受け、平成七年四月二四日から同年七月二一日までの間に合計三七七五万円を預託し、うち六〇〇万円につき弁済を受けた。

(三) 原告小関洋子関係

原告小関洋子は、知人から甲野のことを「三洋証券で働いている。給料月額三〇〇万円。あそこ(三洋証券)で二番か三番の成績のバリバリのやり手です。その人にお金を預けて運用してもらえば年七パーセントの利息(実際は利益)は確実。」と紹介され、甲野から「私が預かった資金を運用します。絶対に損はしません。年七パーセントの利息(実際は利益)を確実に支払います。」などと元本保証や断定的判断の提供を含む勧誘文言を用いた証券投資の勧誘を受けたところ、右勧誘に基づき、平成二年三月五日に二五〇〇万円、同七年四月二四日に二五〇万円、同年七月一四日に三〇〇万円の合計三〇五〇万円を預託した。

同様に、稲永サミは甲野から元本保証や断定的判断の提供を含む勧誘文言を用いた証券投資の勧誘を受け、同人に対し、平成二年ころ合計一八〇〇万円を預託した。稲永サミは、妹に当たる原告小関洋子に対し、平成四年ころ甲野に対する右預託金返還請求権を債権譲渡し、甲野はこれを承諾した(なお、別表2、3記載のとおり他にも原告小関洋子が甲野に預託し同人から返済を受けたものがあるが、それらは事情として主張する。)。

(四) 原告小関春正関係

原告小関春正は、原告小関洋子から右同様の甲野の説明(ただし、利益配当の率については年7.5パーセント)を聞いて同原告に現金二五〇〇万円を交付し、平成二年五月一四日ころ、同原告が甲野に同趣旨の預託金として交付した。

2  (甲野の預託金の使途)

甲野は、原告らから受領した右1(一)ないし(四)の金員を三洋証券において甲野が担当する口座にて運用するほか自己の用に費消した。甲野は、昭和六二年から他人名義で株取引をするようになり、その他人名義の取引による損害を埋めるために顧客から高い運用利益を約束して資金を集めていた。

3  (甲野による預託金の騙取)

甲野は、原告らに約した運用利回りの支払はおろか、預託を受けた金員を自らの損失の穴埋め、他者への支払や自己の用に費消するため元金の返還の見込みの全くないまま前述のとおり虚偽の説明を行い、原告らをして預託した現金は甲野により被告において投資運用されるものと誤信させ、預託金の交付を受けてこれを騙取した。

4  (三洋証券の使用者責任)

甲野は、原告らに対し、三洋証券の名称の入った名刺を示して証券取引への投資を勧誘し、これに基づき本件の金員の交付がされた。そして、証券会社の外務員は、その所属する証券会社に代わって有価証券の売買その他の取引等に関し、一切の裁判外の行為を行う権限を有し(証券取引法六四条の三第一項)、かつ、甲野による損失保証ないし利回り保証の約束文言も証券取引の勧誘の一環として用いられたことからすると、甲野の勧誘行為及びこれに基づく原告らからの金員の受領は、これを外形的客観的にみる限り、三洋証券の業務と密接に関連し、三洋証券の事業の執行の範囲内に属するものである。

5  (原告らの損害等)

原告らは、別紙請求債権目録の「預託金額」欄記載の金額を甲野に預託し、原告らを含む本件の被害者に対する返済金として甲野から平成七年八月三〇日九万円、同年九月一四日二〇〇万円、同年一一月一日一〇〇万円を受領したのを除くほか、同目録の「未収金額」欄記載の金額の損害を被った。

原告らは、甲野の本件不法行為により被った損害につき本訴の提起を余儀なくされ、これを原告ら代理人に委任し、原告ら代理人との間で弁護士報酬等として同目録「弁護士費用」欄記載の金額を支払うことを約した。

四  被告の主張

1  (原告らと甲野との契約の内容)

原告らが三洋証券における証券投資の名目で甲野に金員を預託した旨の原告らの主張は否認する。

甲野は、原告らに対して一定の金利の支払を約束して金銭を借り入れたものである。その際、原告らに対し、具体的な説明方法に多少の違いはあれ、「自分が三洋証券の歩合外務員で社員ではないこと、三洋証券とは関係なく自分が借りて運用すること、したがって、もし何かあって三洋証券にクレームを言ったとしても、三洋証券は責任をとらないだけでなく、このことがばれると自分が首になってしまうので、三洋証券には黙ってほしい。」旨を説明しているのであって、証券投資の勧誘ではなく、個人的な貸借であることを明確にしている。そして、原告らとの関係で金銭借用証書が作成されていることも、甲野への金銭の交付が名実ともに消費貸借契約に基づくことをうかがわせる。また、稲永サミに対しては、単純に定期預金よりも高い金利を支払うからお金を貸してほしい旨を伝えただけである。

このような一定の金利の支払を約束して顧客から金銭を借り入れる行為が証券会社の事業の執行の範囲に属さないことは明らかであり、三洋証券に使用者責任は生じない。

2  (原告らの悪意・重過失―抗弁1)

仮に、甲野の右借入行為が外形的客観的にみて三洋証券の事業の執行の範囲内に属する場合であっても、原告らは、甲野には外務員としてそのような借入れをする権限がないことを知っていたか、知らなかったことについて重大な過失があるから三洋証券に使用者責任は生じない(最判昭和四二年一一月二日民集二一巻九号二二七八頁参照)。

3  (過失相殺―抗弁2)

原告らは、甲野に対し金銭を交付する際、甲野の行為がその職務権限の範囲内に属するかにつき注意を払っていれば、被害の発生を避けられたものであるから、本件については原告らにも過失があり、その割合は五割を下らない。

五  争点

1  原告らの甲野に対する金員の交付の趣旨

2  甲野による詐欺の成否

3  三洋証券の使用者責任の成否

4  過失相殺

5  原告らの損害額

第三  争点に対する判断

一  争点1(金員交付の趣旨)及び同2(詐欺の成否)について

1  証拠(甲六の2、一二の1及び2、一五の1ないし10、一七ないし二一、乙四、八の1ないし6、九、原告柿野芳慧、同須永洋、同小関洋子)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 甲野は、高校卒業後の昭和四九年日興證券株式会社に入社し、同五九年初めころまで右会社に勤務したが、同年三月ころ保証金二〇〇万円を支払って三洋證券の契約社員(外務員)となり、それ以降証券取引に従事していた。

甲野は、日興證券株式会社に勤務していた昭和五六年花子と結婚し、二児をもうけたが、平成七年一一月二六日に協議離婚している。

甲野は、昭和六一年ころまでは契約社員として通常の株取引を行っていたが、同六二年ころから住宅取得の計画もあり収入の増加を図るべく、顧客から一定の利益を支払う旨を約して金員を預かり、甲野の計算において証券取引を行うようになった。取引名義は当初は個々の顧客名であったが、平成二年五月ころから知人の「乙山次郎」名義に一本化されていた。しかし、甲野はそのころには既に約一億円の負債を負っていた。

(二) 原告柿野について

(1) 原告柿野は、それまで証券取引の経験はなかったが、平成六年に知人の笹野から飲み屋で甲野を紹介された。笹野の話では、甲野は三洋証券に勤めていてそこで一番の成績を上げており、給料も高給を取っているということであった。その後まもなく甲野は原告柿野の自宅を訪ね、「株が上がったり下がったりすることが分かる協会があり、自分はそこに入っているから間違いがない。分かっているものに掛けるのだから確実だ。損はしない。絶対利益が出る。」と言って、成績表や給与明細を示しながら金員を預けるように勧誘した。原告柿野は右の甲野の言葉を信じて三〇〇万円を預けたところ、甲野は三洋証券福岡支店コンサルタントの肩書が入った名刺の裏に「預り証。金三、〇〇〇、〇〇〇円」と記載して原告柿野に交付した。また、甲野は、原告柿野の利益について「分かったものに掛けるのだから、月九パーセントは下らない。」と説明した。

(2) 甲野は原告柿野が金員を預けた最初の何回かは約束の月九パーセントの利益を支払ったが、その後利益を支払わなくなった。そこで、原告柿野は、たまった利益についていつ支払ってくれるのかと尋ねたところ、甲野は平成七年六月三〇日ころ、その当時未払であった利益の分を合計した金額に当たる一二五万円の借用証書(甲一五の1)を作成し、原告柿野に渡した。また、同じころ、原告柿野は一三〇万円を甲野に預けたが、甲野はそれに未払の利益の一部である七万円を加えた一三七万円の借用証書(甲一五の2)を作成し、原告柿野に渡した。

甲野は、原告柿野から預かった金員につき初めのうちは最初の三〇〇万円のときと同じように名刺の裏に預り証と書いたものを渡すだけであったが、原告柿野の要求により、途中から借用証書(甲一五の3ないし10)を作成して交付するようになった。

(3) 甲野は、右二枚の借用証書に記載したもののほか、未払の利益の一部として合計で一〇〇万円ないし二〇〇万円を支払ったが、原告柿野の再三の請求にもかかわらずその余の支払をしなかったため、原告柿野は不安になり預けた金員を全部返済するよう甲野に要求した。しかし、甲野が返済計画の案すら示さないため、知人のプラテック株式会社社長の岩下俊二が間に入り、平成七年一二月六日付けで甲野に返済書と題する書面(甲一六)を作成してもらった。この書面に借用金として記載されている二六六二万円は、前記一〇枚の借用証書の金額を合計した二八六二万円から同年一一月に返済を受けた二〇〇万円を除いた金額であり、実際に原告柿野が甲野に預けた金額は右二八六二万円から利益分の一二五万円と七万円を除いた二七三〇万円である。原告柿野は、右二〇〇万円のほか、前記認定のとおり利益分として一〇〇万円ないし二〇〇万円を甲野から受け取っているので、少なくとも二三三〇万円を甲野に預けたままになっている。

(三) 原告須永について

(1) 原告須永は、それまで証券取引の経験はなかったが、平成七年四月二三日(以下、この項では平成七年については年の記載を省略する。)、自宅を訪ねてきた友人の足立敏恵(以下「足立」という。)から甲野を紹介された。甲野は、「自分は月収が二五〇万円ほどある。毎月億単位の証券の売買をしており、証券マンとして全国で七位に入る。」とランクの入った表を見せて述べた。その上で、甲野は「私に任せてもらえたら月五パーセントくらいで利益を差し上げられる。」などと言って、金員を預けるように勧誘した。

原告須永は、右勧誘に応じて同月二四日三洋証券福岡支店において亡夫の退職金を預金していた複数の銀行口座から合計一〇〇〇万円を出金し、これを甲野に渡した。甲野は、その際三洋証券福岡支店主任コンサルタントの肩書が入った名刺の裏に「一〇〇〇万円お預かりしました。」と書いて原告須永に交付し、月五パーセントの利益を支払う旨約束した。

(2) その後、甲野は原告須永に対し、同月二九日、「年配の人は頭が固くて株しかしないが、自分はまだ若いからいろいろ予想をつけて売買できる。最低一〇日から二週間はお金がいるので貸してほしい。」と述べて、短期間金員を預かって運用したいと勧誘した。利益については二週間で五パーセントを約束した。原告須永は、右勧誘に応じ五月一日三洋証券福岡支店において六〇〇万円を甲野に渡した。

(3) それ以後も、原告須永は甲野から右と同様の勧誘を受けて、別表1の記載のとおり、五月二三日に一五〇〇万円、六月五日に五〇〇万円、七月二一日に一七五万円を預けた。甲野は、別表1の入金欄記載のとおり、最初の一〇〇〇万円については月五パーセントの利益を一回分、その他については二週間に五パーセントの利益を何回か支払った(ただし、八月一一日の一五万円はその一部)が、預けた元金については五月一日の六〇〇万円を除き「今まだいい状態だから、また二週間お預かりしたい。」などと言われて、返還を受けないままになった。利益として受け取った分を含めて計算すると、原告須永が返還を受けていない額は二七〇〇万円になる。

(4) 原告須永は、甲野が五パーセントの利益を支払ってくれないばかりか八月に入ってからは連絡もとりにくくなったため、不安になり預けた金員の返還を求めたところ、甲野は八月一九日ころ金額三四〇〇万円(今までに預けた金額のうち一〇〇〇万円、一五〇〇万円、五〇〇万円、一七五万円の合計三一七五万円に八月二日までに支払われるべき利益の合計である二五五万円を加えたもの)、連帯保証人を花子とする八月二日付けの借用証書(甲二一)を作成して原告須永に渡した。原告須永は、それと引換えに名刺の裏に書いた預り証を甲野に返還した。

(5) 原告須永は、その後甲野が原告ら代理人に弁済金として支払った金員のうちから、九月一五日に一六万五〇〇〇円、一一月六日に一一万四三〇〇円を受領した。

(四) 原告小関洋子、同小関春正について

(1) 原告小関洋子は、NTT株式を一度購入したことがあるほか証券取引の経験はなかったが、姉の稲永サミ(以下「稲永」という。)を通じて足立と知り合い、平成二年二月二六日西鉄グランドホテルの地下にある飲食店で、足立から「絶対に損はしない。(甲野は)月三〇〇万円の給料をもらっており、三洋証券で二番か三番かの成績を上げているやり手です。その人にお金を預けて運用してもらえば年七パーセントの利息は確実です。」という言葉で、甲野に金員を預けるように勧誘された。原告小関洋子はその言葉を聞いて、甲野が株などを購入して運用益を出し、その中から七パーセントを支払うという取引であると理解し、金員を預けることにした。

(2) 原告小関洋子は、同年三月五日、足立宅において足立立会いのもと二五〇〇万円を甲野に渡した。甲野は、その際「安心してください。損はさせません。」と言い、三洋証券福岡支店主任コンサルタントの肩書が入った名刺と、便箋に「小関様、お預かりしました。現金¥二五、〇〇〇、〇〇〇」と記載して署名捺印したものを交付した。その数日後、この便箋は借主を足立、連帯保証人を甲野とする借用証書に差し替えられた。右差替えの理由につき、足立は「正式に書いた書類では甲野の名前は出せないから。」と説明したが、原告小関洋子は甲野も連帯保証人になっているので預けたことの証明としてはこれでも構わないと考えた。この借用証書は更に平成七年八月二四日借主を甲野、連帯保証人を花子とする平成二年八月三〇日付けのものに書き換えられた。

(3) 稲永は、甲野に対し、平成元年一二月か同二年一月ころ、原告小関洋子と同じ趣旨で合計一八〇〇万円を預け借用証書の交付を受けていたが、平成四年七月二八日死亡した。原告小関洋子は稲永の死亡する前に同人から右一八〇〇万円の返還請求権を譲り受け、甲野もそれを承諾して右借用証書の名義を稲永から原告小関洋子に書き換えた。こうして作成されたのが、乙八号証の2ないし6であり、作成日付は平成二年八月三〇日になっているが実際に作成されたのは稲永が死亡した後である(原告小関洋子は稲永から一八〇〇万円の返還請求権を相続した旨供述するが、法律的な意味ではなく承継したという趣旨を供述したものと理解するのが相当である。)。

(4) 原告小関洋子は、平成七年四月二四日又は同年五月一二日自宅で甲野に二五〇万円を渡した。その際、甲野は名刺の裏に金額を記載して署名したものを原告小関洋子に交付した。右の二五〇万円は当初同年七月一四日に返済される約束であったが、何回か支払が延期され最終の返済期限は同年八月一五日となった。原告小関洋子は、同年七月一四日自宅で甲野に三〇〇万円を渡した。当初は同月三一日に返済される予定であったが、甲野の要請により当日になって同年八月一五日に支払が延期された。原告小関洋子は右合計五五〇万円については返済を受けていない。

(5) 原告小関洋子は、平成二年五月一四日夫である原告小関春正から二五〇〇万円を預かり、コーヒーショップにおいて足立立会いのもと甲野にこの金を預けた。預ける趣旨は原告小関洋子のときと同じであったが、約束の利益については年7.5パーセントとされた(それ以降、原告小関洋子についても利益の率は年7.5パーセントとなった。)。なお、原告小関春正名義で預けた金員については平成二年八月三〇日付けで金額二五〇〇万円、連帯保証人を花子とする借用証書(乙九)が作成されている。

(6) 原告小関洋子及び同小関春正は、平成六年一月以降別表3記載のとおり合計一九二二万五〇〇〇円を甲野から受け取った。この中には、別表2記載の本訴請求の対象外の金員に対する利益の分も含まれているので、その分を考慮して計算すると、平成六年一月一日から同七年八月二九日までに計算上発生した利益の額は八五六万二一二二円となり(なお、原告小関洋子は、平成五年一二月末までは預けた額に対する年七パーセントないし7.5パーセントの割合の利益を足立を通して受け取っていた旨供述するが、これを裏付ける客観的な証拠はないから、ここではその額は控除しないこととした。)、右金額をその当時の原告小関洋子及び同小関春正の債権額に応じて按分したうえ預けた金額から控除すると、未返還額は原告小関洋子につき四三〇五万〇八九二円、同小関春正につき二一八八万六九八七円となる。

(計算式)

①(25,000,000+18,000,000+

25,000,000)×606(H6.1.1〜H7.8.29)÷365×0.075=8,467,397

2,500,000×128(H7.4.24〜H7.8.29)÷365×0.075=65,753

3,000,000×47(H7.7.14〜H7.8.29)÷365×0.075=28,972

8,467,397+65,753+28,972=8,562,122

②(25,000,000+18,000,000+5,500,000)−{(8,467,397×43,000,000÷68,000,000)+65,753+28,972}=43,050,892

③25,000,000−(8,467,397×25,00,000÷68,000,000)=21,886,987

(7) 原告小関洋子及び同小関春正は、その後甲野が原告ら代理人に弁済金として支払ったものの中から、平成七年八月三〇日九万円、同年九月一五日一〇〇万円、一一月一日二四万八四〇〇円をそれぞれ受け取った。これらの合計額である一三三万八四〇〇円を右の債権額に応じて按分すると、原告小関洋子については八八万七二九九円、同小関春正については四五万一一〇一円となる。

2  これに対して、被告は、甲野が原告らから継続的に金員を受け取ったことは認めるが、その交付の趣旨は貸金であって、甲野は月九パーセント、年七パーセントといった高利の利息の支払を約束していたこと、甲野は「三洋証券とは関係なく個人的に借り入れて運用するから、三洋証券にはだまっておいてほしい。」旨原告らに伝えていたことを主張し、甲野作成の陳述書(乙一〇ないし一三)には右に沿う記載がある。

なるほど、甲野は原告らに対して借用証書を差し入れていること、甲野のみならず原告らも「利息を受け取る」という説明をしていること、原告らは甲野の破産事件において右借用証書の記載をもとに貸金又は貸付金として債権の届出をしていることからすれば、被告の右主張にも全く根拠がないわけではない。しかし、前記認定の事実によれば、本件で証拠として提出されている借用証書を作成するに至ったのは平成七年六月以降甲野の支払が遅れるようになってからであって金員の交付の時ではないこと、右借用証書の利息欄にはいずれも利率の記載がないことが認められるから、これらの借用証書は債権額を確定しその支払を促す趣旨で作成されたものと認められるところ、破産管財人等から異議が出されることを慮り、確実な証拠に基づく貸金として破産債権の届出をすることは十分あり得ることである。さらに、原告らはいずれも証券取引の経験が全くないかほとんどない者であり、儲けという意味で「利息」という言葉を使っている可能性も否定できないことからすれば、被告の指摘する右事実は、甲野が証券取引のための預託金として原告らから金員を受領したという事実と矛盾しないものというべきである。

それに加えて、もし甲野が三洋証券とは関係なく個人で借り入れるという趣旨の勧誘をしていたとすれば、原告らが甲野を信用して多額の金員を交付したか疑問であること、甲野は三洋証券福岡支店(主任)コンサルタントの肩書が入った名刺を示していること、原告須永については三洋証券福岡支店において現金の受渡しがされたこともあることなどからすれば、原告らから個人として借入れをしたという甲野の陳述書の記載は採用できず、原告らは証券投資のための預託金名目で甲野に金員を交付したものと認めるのが相当である(なお、甲野作成の金銭出納帳の写し(乙二)については、その原本の存在の有無、所在場所が不明である上、作成の経緯等について甲野の証言を得られていない以上、甲野の陳述書の記載を裏付けるに足りる証拠価値を認めることはできない。)。

3  そして、前記1認定の事実によれば、甲野は原告らに対し「絶対に損はしない。確実に利益が出る。」といった断定的・確定的判断を述べて投資を勧誘し、その際には自分がいかに優秀であるかを示すためのランク表や給与明細を示していたこと、甲野は平成二年五月ころの段階で既に約一億円の負債を抱えていたことが認められ、さらに証拠(乙四)によれば、負債の額は同四年初めには約一億五〇〇〇万円となり、同年二月には損失を挽回するため利幅の大きいオプション取引を始めたが奏効せず、債権者数、負債額とも増加の一途を辿り、平成七年五月ころには金利支払のためだけに借入れをするようになったことが認められるから、甲野は約束した利益ばかりか預託金の元本の返還すら困難であることを認識し、または容易に認識し得たにもかかわらず、前記の文言にて原告らを勧誘し、原告らは右勧誘を信じて金員を交付したものであって、甲野の行為は詐欺による不法行為に当たる。

二  争点3(使用者責任)について

1  前記一1認定の事実を前提にすれば、甲野は三洋証券福岡支店(主任)コンサルタントの肩書が入った名刺を示して「絶対に損はしない。確実に利益が出る。」といった文言で証券投資を勧誘し、これに基づき原告らから金員を受領したというのであるから、これを外形的客観的にみる限り三洋証券の業務と密接に関連し、三洋証券の事業の執行の範囲内に属するものと解するのが相当である(ただ、甲野の行為は詐欺に当たるから、被用者の職務権限外のものである。)。

2(一) そこで、取引の相手方が被用者の行為がその職務権限内において適法に行われたものではないことを知り、又は重大な過失によって知らなかったときは、取引の相手方である被害者は使用者に対して被用者の行為に基づく損害の賠償を請求することはできないから、被害者である原告らに右の意味での悪意又は重大な過失があるかを検討する。

(二) まず、本件全証拠によるも、原告らにおいて、本件での甲野の行為がその職務権限外のものであることを知っていたと認めることはできない。

(三) 次に、原告らが、甲野の行為がその職務権限内において適法に行われているものではないことを知らなかったことにつき重大な過失があったかにつき検討する。

前記一1認定の事実によれば、①原告らは取引に際して甲野の名刺又は便箋を利用した預り証を受け取ったのみで、三洋証券との間で預り口座設定申込書等の正規の取引書類を交わさないまま甲野に金員を交付したこと、②原告らは、甲野から具体的な投資の方法や投資の対象となる証券の種類等については全く説明を受けていないこと、③原告柿野、同須永については月五パーセント又は九パーセントと通常の証券取引では考えられない高率の利益の支払を約束していることが認められる。

右の各事実によれば、本件の各取引に際しての甲野の行為には、証券会社である三洋証券の職務の執行としては不自然な点があったというべきであり、原告らに本件の各取引に際し全く過失がなかったとはいえないが、原告らには本格的な証券取引の経験がないこと、その他原告らが甲野との取引を開始するに至った経緯等を鑑みると、その過失の程度は故意に準ずるほど重大なものということはできない。

三  争点4(過失相殺)について

右二2(三)に判示のとおり、原告らも本件の各取引につき過失を免れないのであるから、損害賠償額の算定に当たってはこれを斟酌するのが相当であり、前記認定の原告らの過失の内容その他諸般の事情を考慮すると、原告らの過失割合は全員につき三割とするのが相当である

四  争点5(損害額)について

1  既に判示したところによれば、被告は原告らに生じた損害の七割につき賠償の責任があるところ、前記一1認定のとおり原告らの損害額(未返還額)は、原告柿野につき二三三〇万円、同須永につき二七〇〇万円、同小関洋子につき四三〇五万〇八九二円、同小関春正につき二一八八万六九八七円であるから、これらに0.7を乗じた額が損害額となる。そして、原告らが原告ら代理人を通じて甲野から回収した分、甲野及び花子の破産手続において配当を受けた分を控除すると次の金額となる。

(一) 原告柿野

一六一九万〇八六五円

(計算式)23,300,000×0.7−119,135=16,190,865

(二) 原告須永

一八一八万四四九九円

(計算式)27,000,000×0.7−(165,000+114,300+136,181+300,020)=18,184,499

(三) 原告小関洋子

二八五七万五七一七円

(計算式)43,050,892×0.7−(887,299+227,751+444,857)=28,575,717

(四) 原告小関春正

一四四九万三七五四円

(計算式)21,886,987×0.7−(451,101+117,397+258,638)=14,493,754

2  そして、本件事案の難易、審理の経過等に鑑み、原告らそれぞれの弁護士費用のうち本件の不法行為と相当因果関係を有するものとして被告に請求できる額は、原告柿野につき一六一万九〇八六円、同須永につき一八一万八四四九円、同小関洋子につき二八五万七五七一円、同小関春正につき一四四万九三七五円と認めるのが相当である。

3  したがって、被告が原告らに対して支払うべき損害賠償額は次のようになる。

(一) 原告柿野

一七八〇万九九五一円

(二) 原告須永

二〇〇〇万二九四八円

(三) 原告小関洋子

三一四三万三二八八円

(四) 原告小関春正

一五九四万三一二九円

五  結論

よって、原告らの本訴請求は、右四3に判示した金額及びこれらに対する各最終不法行為の日(原告柿野につき平成七年九月三〇日、同須永につき同年七月二一日、同小関洋子につき同月一四日、同小関春正につき平成二年五月一四日)から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

なお、仮執行宣言については、現在三洋証券が会社更生の手続中であることその他諸般の事情を考慮し、これを付さないこととする。

(裁判官和久田道雄)

別紙請求債権目録〈省略〉

別紙・入金明細表〈省略〉

別紙小関洋子・春正預託金一覧〈省略〉

別紙小関洋子・春正返済金一覧(平成6年1月以降受取分)〈省略〉

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